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ブランディングバリューライティング

「絶対に損をさせない」はなぜ胡散臭いのか — niyase 3 バリュー改訂の言葉選び

はじめに

コーポレートサイトの会社概要ページを「ですます調」に統一する作業の最中、VALUE の 3 行に違和感が残りました。日本語の表記スタイルを揃えるだけでは済まなくて、「これは本当にお客様に響く言葉か?」という問いに向き合うことになりました。

旧バリュー:

  • 笑施: 小さな改善でも形にして届ける。完璧を待たない。
  • ハイブリッド: AIで80%、人間で残り20%を磨く。
  • 誠実: 正直に伝えて前向きに最善を尽くす。

半日かけて議論した結果、3 つとも書き換えました。本記事はその過程の記録です。

VALUE の落とし穴 — "うわべの言葉" 6 種

議論を通じて、VALUE で避けるべき表現が浮かび上がりました。

NG 表現なぜ NG か
「届ける」送り手側のアクションで押し付け感が出る。サービススマイル感
「笑顔で関わる」笑顔の演技感。心理学的にも笑いには攻撃的側面があり、複雑
「絶対に損をさせない」表に出すと胡散臭い。ネガティブ起点
「未来志向の関係」政治・外交を連想して距離が出る
「最善を尽くす」「前向きに」凡庸。どの会社でも言える
「同意を得てから進む」B2B では暗黙の前提なので、書くと "当たり前を誇示" する形になる

これらは全部、最初の議論で候補に挙がったものの、どれも胡散臭いと感じて見送ったものです。VALUE は 読み手が違和感を持った瞬間に効力を失う ので、この感度は極めて重要です。

1. 笑施 (にやせ) — 「届ける」を捨てる

: 小さな改善でも形にして届ける。完璧を待たない。

何が問題だったか:

  • 「届ける」は送り手のアクションで押し付け感がある
  • そもそも「小さな改善でも形にして届ける」は 社内開発スタンスの言語 で、お客様価値に翻訳されていなかった

笑施は仏教の「無財の七施」の一つ。持たざる者でも穏やかな顔で人に施しを与えられる、という考えで、niyase の社名由来でもあります。この精神を B2B サービスの関係性価値として翻訳すると、答えは「結果として笑顔がある関係」を作ることでした。

医者メタファーで考えるとわかりやすい。

病気で苦しい顔の患者に、悲しい顔で「痛いよね、苦しいよね、もう少しの辛抱だから」と寄り添うお医者さん。

「重い病ではありませんでした、必ず治りますよ」と笑顔で告げて安心させるお医者さん。

同じ専門職として、私たちも同じことをやる。

これを 1 行のバリューに凝縮しました。

: 不安に寄り添い、安心して未来を語れる関係を築く。

「未来志向の関係」という文言も候補に上がりましたが、政治家みたいな言い回しだと思ったのでやめました。実際、「未来志向」は政治・外交の文脈で擦り切れていて、距離感が出る。口語的な「未来を語れる」の方が温度が近い。

2. ハイブリッド — 「80/20」を捨てる

: AIで80%、人間で残り20%を磨く。

何が問題だったか:

  • 「80/20」は今のスナップショット。数年後に AI 性能が伸びれば 95/5 になる
  • バリューに具体数値を入れると 時代依存で陳腐化 する
  • 「磨く」が曖昧。何を磨くのか? UX? エッジケース? ドメイン理解?
  • お客様価値が直接見えない

ハイブリッドの本質は、AI と人間の両輪で「片方だけでは届かない品質を、片方だけでは届かない価格で」実現する生産モデル。これは niyase の "TAMED ERP — 手の届く価格で、高品質" というコンセプトの根幹です。

: AIの速さと、人間の判断で、価格と質を両立する。

「AI」と「人間」の対比は維持しつつ、それぞれの役割 (速さ × 判断) と、お客様への約束 (価格 × 質) を明示しました。

3. 誠実 — 「インフォームドコンセントをサボらない」

: 正直に伝えて前向きに最善を尽くす。

何が問題だったか:

  • 「最善を尽くす」は凡庸 (どの会社でも言える)
  • 「前向きに」は付け足し感

誠実の本質を一言で表すと「インフォームドコンセントをサボらない」というニュアンスでした。リスクも限界も含めて説明する、お客様が判断できる状態を作る、説明したつもりで終わらない。

中間案で「説明を尽くし、同意を得てから進む」も検討しましたが、同意を得ずに進めることはあり得ず、当たり前すぎると考えて見送りました。B2B では契約の前提なので、わざわざ VALUE に書くと当たり前を誇示しているように見えてしまいます。

そこで「過程ではなく結果に責任を持つ」というスタンスへ抽象度を上げました。

: 説明を尽くし、伝わるまで責任を持つ。

日本語の妙で、「説明する (過程)」と「伝わる (結果)」は対比できます。「説明したつもり」では足りなくて、「お客様が理解した」という結果まで責任を持つ。

これはありがちな "うわべの読み上げ" ではなく、「伝わるまでやる」自分に厳しい一歩上のスタンスです。

3 バリューの役割分担

最終形は綺麗な役割分担に落ちました。

バリュー役割翻訳元
笑施お客様との関係性患者に寄り添う医者
ハイブリッド価格 × 質の生産モデルTAMED ERP の根幹
誠実説明責任インフォームドコンセントをサボらない医者

笑施と誠実に 医者メタファー が通底するのは、niyase 独自の輪郭になりました。3 つともリズムが「2 動詞句 + カンマ + 動詞句締め」で揃って、読み上げの心地よさも一致します。

笑施         : 不安に寄り添い、安心して未来を語れる関係を築く。
ハイブリッド : AIの速さと、人間の判断で、価格と質を両立する。
誠実         : 説明を尽くし、伝わるまで責任を持つ。

学んだこと

半日の議論を振り返って、VALUE を磨くときの 5 つの原則を抽出しました。

1. 当たり前から一歩上

VALUE は当たり前を宣言するものではない。「同意を得てから進む」「最善を尽くす」のような B2B の暗黙前提・どの会社でも言えること は、書いてもブランドの輪郭が出ない。「過程ではなく結果に責任」のような自分に厳しいスタンスに翻訳する。

2. お客様視点で本質を捉える

社内開発スタンスの言語 (「小さな改善でも形にして届ける」「AIで80%、人間で20%」) ではなく、お客様への約束 に翻訳する。

3. 結果性のある動詞を選ぶ

「届ける」「関わる」のような送り手アクションではなく、「ある」「生まれる」「築く」「両立する」のような 結果を描く動詞 を選ぶ。押し付けではなく、自然発生する状態として描く。

4. 数値依存を避ける

「80/20」のような具体数値は時代依存で陳腐化する。VALUE は 数年スパンで陳腐化しない抽象度 で書く。

5. 口語の率直さはケースバイケース

「サボらない」のようなカジュアル語が乗ると、建前っぽさが排除される ことがある。ただしバランスを間違えると軽くなってしまうので、バランスが難しい。

まとめ

VALUE の言葉を磨くのは、ブランドの輪郭を磨くこと。そして、磨く過程で「自分たちが本当は何を約束したいのか」が浮き彫りになります。

旧バリューが悪かったわけではなく、半年間使ってみて「もっと一歩上のスタンスを言語化できる」と気づきました。これは VALUE の自然な進化です。

今日の改訂は終わりではなく、また半年後に同じ議論が起きるかもしれません。そのとき「なぜこの言葉を採ったか」の経緯が残っていれば、議論を一段高い地点から始められる。社内ドキュメントとしても、このブログ記事としても、経緯を残すこと自体に価値があると感じています。

niyase は、患者に寄り添う医者 のような会社でありたい。3 つの新しい VALUE は、その姿勢の宣言です。