はじめに
ベータリリースに向けた最終ブロッカーとして、弥生会計からの CSV インポート機能を作り込んでいました。「弥生からのお引っ越しを安心していただけるように」というのが当初のスコープです。
ところが実装が進むにつれて、私たちの中で 1 つの違和感が膨らんでいきました。
「インポートだけ作って、エクスポートを作らないのは、フェアではないのではないか」と。
本記事はその違和感と、最終的に 「弥生形式での逆エクスポート (round-trip export)」 を同じリリースで実装することにした思考プロセス の記録です。
お客様が乗り換えを迷う本当の理由
「会計ソフトを変えたい」という相談を周りで聞くと、ほとんどのケースで最後に立ちはだかるのは機能比較や価格比較ではありません。
「もし合わなかったら、データを戻せるのか」
この一点です。
弥生会計を 10 年使ってきた会社が niyase に乗り換えるとき、頭の中ではこんな計算が走ります。
- 過去 10 年分の仕訳を全部 niyase に入れた
- 数ヶ月使ってみて、やっぱり niyase が合わなかった
- そのとき、過去 10 年分の仕訳を弥生に戻せなければ、二重入力か、長い暗黒期間が確定する
合理的な判断として、「戻れる保証がない移行」は、たとえ移行先が魅力的でも踏み切れません。私たちが乗り換え提案をすればするほど、お客様はこの計算を頭の中でやっています。
弥生会計は私たちの競合か
ここで「弥生会計を競合として倒す」という発想に行きがちですが、私たちはそこには立ちませんでした。
弥生は長年中小事業者の経理を支えてきた、しっかりした製品です。多くの会社が弥生で問題なく回っている事実は尊重すべきもので、その上で「私たちの設計のほうがお客様にとって合う場面がある」と思うから新しい選択肢を提供しているだけです。
つまり弥生は、私たちにとって 倒すべき相手ではなく、お客様の選択肢の一つ です。お客様が niyase を試して、合わなければ弥生に戻る。あるいは併用する。それぞれの会社にとって最適な形があっていい、というのが私たちの立場です。
この立場に立ったとき、「インポートはできるがエクスポートはできない」という設計は、私たちが内心では「お客様を捕まえたい」と思っていることを露呈する設計に見えました。
round-trip export とは何か
具体的には、niyase で記録した仕訳を、弥生会計が読み込める CSV ファイル (Shift_JIS / 27 列 / ダブルクォート囲み / CRLF 改行) に逆変換して書き出します。
弥生から niyase に取り込んだとき、その取引には「私たちの内部表現」で保存されています。これを弥生形式に戻すには、勘定科目名・税区分・摘要・金額・取引先名など、すべての項目を弥生の語彙で書き直す必要があります。
たとえば消費税区分。niyase では STANDARD_10 のような内部 enum で持っていますが、弥生にとっては「課対仕入込 10% 適格」「課税売上込五 10%」のような文字列です。仕入と売上で表記も違います。これを取引のたびに正しく判定して書き分ける必要があります。
機能としての制約も正直にお伝えしておくと、現状の round-trip export は 借方 1 行 / 貸方 1 行の単純仕訳のみ 対応です。3 行以上の複合仕訳は弥生の標準フォーマットでは表現できないため、エクスポート時にスキップ件数として可視化されます。複合仕訳の expression は、弥生にも独自拡張があり、ここを完全互換にするには弥生のバージョン差分対応も含めた専用 SDK レベルの実装が必要になります。これは今後の課題として明示しておきます。
なぜここまでやるのか
理由はシンプルです。
「お客様が niyase から出ていけないこと」を、私たちの差別化軸にしたくない からです。
たとえお客様が弥生に戻ったとしても、それは私たちが選ばれなかったというだけのことで、お客様の不利益にしてはいけない。
そして逆説的ですが、「いつでも出ていける」ことを保証している会社の方が、選ばれる理由になる とも信じています。
これは Fair Pricing (受益者負担の課金) や、お客様データを LLM に学習させないポリシーと、同じ系統の判断です。「お客様の自由 > 自社の収益」を構造的に選び続けることで、ブランドの信頼が積み上がっていく、と。
「お引っ越しが楽です」とは言いたくない
「乗り換えが楽です」「データ移行 1 クリック」のような訴求は、業界の定番フレーズです。便利さの訴求としては正しいでしょう。
でも私たちが伝えたいのは「楽」ではなく「戻せる」です。
楽さは、新しいものを試すときの背中を押します。 戻せることは、新しいものを試した後の不安を消します。
会計データは事業の生命線です。背中を押すよりも、不安を消すほうを優先したい。
おわりに
本機能は 2026 年 5 月のベータリリースに合わせて公開しています。niyase クラウドのご契約 (各種セキュリティ認証を準備中です) のお客様であれば、会計メニューの「弥生インポート」タブから期間指定でダウンロードいただけます。
弥生から niyase へのお引っ越しをご検討中の方も、すでに niyase をお使いで「念のため弥生形式でバックアップを取っておきたい」というお客様も、どうぞお使いください。
「いつでも出ていける」を実装で証明することが、私たちにとっての誠実さの形です。